口腔外科と聞いて、抜歯専門の科だと考える方は多い。実際にはその範囲はもっと広い。日本口腔外科学会の専門医が診るのは、親知らずを含む難しい抜歯に加えて、顎骨嚢胞、良性・悪性腫瘍、顎関節症、顎変形症、口腔粘膜の病気、唾石などだ。口の中とその周囲、あごや顔面に生じる外科的な問題が対象となる。
一般歯科が虫歯や歯周病、入れ歯などの日常的なケアを担うのに対し、口腔外科は手術が必要な症例を受け持つ。親知らずが横向きに埋まっている、顎の骨の中で袋ができている、あごの骨折をした、といったケースは専門的な処置の対象になる。大学病院の口腔外科では紹介状がないと初診を受け付けないところも多く、開業医との役割分担がはっきりしている。
ところがこの分担は、受診する側には分かりにくい。かかりつけ歯科で「大学病院を紹介します」と言われて戸惑った方もいるだろう。紹介状がなければ診てもらえないのか、費用はどれくらいかかるのか、不安は尽きない。ここからは実際の受診を考える際にぶつかる三つの壁と、その乗り越え方を見ていく。
受診をためらう三つの壁
一つ目は情報不足の壁だ。親知らずが痛み出しても、どの段階で抜くべきか判断が難しい。智歯周囲炎を繰り返す、虫歯になっている、隣の歯を圧迫している、といった場合には抜歯が勧められる。症状が落ち着いているからと放置すると、痛みを繰り返すだけでなく、顎の骨に炎症が広がることもある。思い当たる症状があれば、早めに相談した方が安心だ。
二つ目は痛みと腫れへの不安。抜歯後は当日から数日間、痛みと顔の腫れが出る。多くは一週間ほどで改善するが、このイメージが受診のハードルになっている。実際の抜歯は局所麻酔で行われ、処置中に強い痛みを感じることはほとんどない。最近は歯科用CTで下顎管という神経の位置を確認しながら安全に手術を行う医院も増えた。強い恐怖心がある方は静脈内鎮静法を選ぶこともでき、ウトウトした状態で治療を終えられる。
三つ目は費用の壁だ。保険診療であれば、親知らず1本の抜歯は3割負担でおよそ2,000円から7,000円が目安になる。この金額には初診料やレントゲン撮影料、麻酔料、抜歯処置料が含まれ、薬代が別途500円から1,500円ほどかかる。生え方で変動し、横向きや骨に埋まった難症例ほど高くなる。静脈内鎮静法は自由診療となるため2万円から5万円程度、保険未加入の場合は2万円から3万円程度を見込んでおきたい。
医院選びの比較表
口腔外科の治療を受ける場所は大きく三つに分けられる。それぞれの特徴を表にまとめた。
| 施設 | 対応症例 | 費用の目安 | 予約のしやすさ | メリット | 注意点 |
|---|
| かかりつけ歯科 | 比較的簡単な抜歯、日常のケア | 保険適用で1本2,000〜7,000円程度 | 取りやすい | 通い慣れていて相談しやすい | 難症例は紹介となる |
| 口腔外科専門クリニック | 埋伏智歯、嚢胞、顎関節症など | 保険適用に加え、鎮静法などは自費 | 比較的取りやすい | 専門医が在籍し外来で完結 | 対応範囲は施設によって異なる |
| 大学病院の口腔外科 | 腫瘍、顎変形症、全身麻酔の手術 | 保険適用。入院は高額療養費制度の対象 | 紹介状が必要で待ち時間あり | 高度な手術と入院に一貫対応 | 初診は問診と検査のみの場合が多い |
| 費用はあくまで目安で、症状や治療内容によって変わる。気になる医院があれば、電話やホームページで初診の流れと見積もりを事前に確認しておくと安心だ。 | | | | | |
受診までの実践ステップと費用の工夫
最初の一歩は、かかりつけ歯科への相談だ。症状を伝え、レントゲンで確認してもらい、必要なら紹介状を書いてもらう。紹介状があれば大学病院でも初診を受け付けやすくなる。自分で医院を探す場合は、日本口腔外科学会のホームページで専門医・認定医が在籍する施設を確認するのが確実だ。医院のサイトに「口腔外科 専門医 在籍」といった記載があるかどうかも目安になる。
初診では問診と検査が中心で、その日に手術が行われることは少ない。レントゲンや歯科用CTで状態を確認し、治療方針と費用の見込みが説明される。この時点で痛みの程度や通院回数、仕事を休む目安まで具体的に質問しておくと、当日の不安が減る。
都内で働く30代の会社員は、繰り返す智歯周囲炎に悩まされていた。かかりつけ歯科で「下顎管に近い埋伏智歯」と診断され、口腔外科専門のクリニックを紹介された。歯科用CTで神経との位置関係を確認してから抜歯を行い、術後は土日の休みを利用して通院した。初診から完了までおよそ三週間で、トータルの負担は保険適用で1万円に満たなかったという。
地方のケースでは、北海道の40代の女性が口内のできものが気になって大学病院の口腔外科を受診した。紹介状を持参したことで初診はスムーズに進み、検査の結果、良性の顎骨嚢胞と診断されて外来手術で摘出した。入院を伴わないケースであれば、紹介状を準備しておくことで治療までの流れがずいぶん短くなる。
費用の面では、入院を伴う手術なら高額療養費制度の対象となることがある。月内の自己負担額に上限が設けられる制度で、事前に申請すれば窓口での支払いが抑えられる場合もある。一年間の医療費が一定額を超えた場合は医療費控除として確定申告ができ、所得税と住民税の一部が還付される。親知らずの抜歯や手術にかかった費用も対象となり得るので、領収書は捨てずに保管したい。
緊急の痛みで行き場に困ったら、都道府県の歯科医師会や休日夜間急患センターの案内を頼る手もある。地域の大学病院が公開している口腔外科の相談窓口も参考になる。大きな都市でなくても、専門医が在籍するクリニックは各地に増えてきている。
気になる症状が続いているなら、まずは近くの歯科医院で一度相談してみてほしい。そこで完結しない場合も、適切な口腔外科を紹介してもらえる。痛みを我慢して日々の食事や仕事に支障をきたすより、早めの受診が結果的に楽な道になる。迷っている時間があるなら、今日のうちに予約の電話をかけてみることを勧める。